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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)6039号 判決

原告

森本修介

ほか二名

被告

三晃モータース有限会社

ほか三名

主文

一  被告三晃モータース有限会社及び被告寺澤卓は各自、原告森本修介に対し四八三六万一〇一四円、原告森本吉彦及び原告森本順子に対し各一一〇万円、並びに右各金員に対する昭和五九年九月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告三晃モータース有限会社及び被告寺澤卓に対するその余の請求並びに被告大屋政子、被告大森潤一に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた分の四分の三と被告三晃モータース有限会社及び被告寺澤卓に生じた分とをあわせて五分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告三晃モータース有限会社及び被告寺澤卓の負担とし、原告らに生じたその余の分と被告大屋政子及び被告大森潤一に生じた分を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告森本修介に対し一億一六五九万三六七四円、原告森本吉彦及び原告森本順子に対し各五五〇万円、及び右各金員に対する昭和五九年九月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五八年一〇月一七日午後三時五分ころ

(二) 場所 奈良県吉野郡吉野町大字平尾三六九番地の四先路上(交通整理の行われていない交差点。以下、「本件交差点」という。)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(登録番号、奈五五あ三六―三四号)

右運転者 被告寺澤卓(以下、「被告寺澤」という。)

右所有者 被告三晃モータース有限会社(以下、「被告会社」という。)

(四) 被害者 原告森本修介(昭和五三年一月一〇日生。以下、「原告修介」という。)

(五) 態様 被告寺澤は、加害車両を運転して、西南から北東に向かつて本件交差点に進入した際、折柄小児用足踏自転車に乗つて北から南方向に本件交差点に進入してきた原告修介に自車を衝突させ、同原告をその場に転倒させた(以下、「本件事故」という。)

(六) 受傷 原告修介は、本件事故により、脊髄損傷、右大腿骨々折、頭部慢性硬膜下水腫等の傷害を負つた。

2  責任原因

(一) 被告会社の責任

(1) 被告会社は、本件事故当時加害車両を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、後記損害を賠償する責任を負うものである。

(2) 被告会社は、自動車(タクシー)による旅客運送等を業とするものであり、被告寺澤は被告会社にタクシー運転手として雇傭されていた者であるが、本件事故は、被告が乗客を乗せて加害車両を運転中、後記過失により発生したものであるから、被告会社は民法七一五条一項によつても右損害を賠償する責任を負うものというべきである。

(二) 被告寺澤の責任

被告寺澤は、加害車両を運転し、本件交差点でほぼ東西に(正確には北東から西南に)交わる道路(通称山口バイパス)を時速七〇キロメートルの速度で北東方向に進行中、本件交差点の手前約六四・七メートルの地点に差しかかつた際、前方の本件交差点に二名の子供が自転車に乗つて北側の道路から進入してきて南方へ走り抜けようとしているのを認めたが、このような場合、右自転車に続いて遊び仲間の子供の乗つた自転車が北側道路から本件交差点に進入してくるかもしれないことは容易に予測しうるところであるから、右バイパスを北東方向に進行して本件交差点に接近する車両の運転者としては、前方の交差点の北側の道路付近を注視するとともに適宜減速するなどして本件のごとき事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたにもかかわらず、被告寺澤はこれを怠り、減速することもなく、また脇見をしながら運転した過失により、右二名の子供の後に続いて北側道路から本件交差点内に進入してきた原告修介運転の自転車に手前約一四・六メートルの地点に至るまで気付かず、同所で始めてこれを発見してあわてて急制動の措置をとつたが間に合わず、前記のとおり加害車両を原告修介に衝突させ、本件事故を発生させたものであるから、同被告も民法七〇九条により後記損害の賠償責任を負うものである。

(三) 被告大屋政子(以下、「被告大屋」という。)の責任

(1) 被告大屋は昭和四八年六月二二日被告会社の取締役に就任し、本件事故当時もその地位にあつた者(昭和四八年六月二二日から昭和五四年八月二九日までは代表取締役)であつて、被告会社に対し、忠実にその職務を執行すべき任務を負つていた者であるが、被告会社は資本金わずか一〇〇万円の零細企業で、営業用の中古タクシー以外に見るべき資産もないところから、同会社のタクシーが人身事故を起こしたときには、莫大な金額の損害賠償責任を負担させられることにより、忽ち重大な経営危機に陥ることは明らかであり、したがつて、そのような会社の(代表)取締役としては、右責任を保険するに足りるだけの保険金額のいわゆる任意保険(対人賠償保険)に加入することにより、会社の経営が危機に陥ることのないよう措置すべき任務を負つていたものというべきである。しかるに、被告大屋はその任務を怠り、本件加害車両につき、対人賠償保険金額一五〇〇万円の任意保険契約を締結しただけでそれ以上の保険金額の任意保険に加入しようとしなかつたため、被告会社は原告らに対する本件損害賠償義務を履行することができず、その結果、原告らも事実上右損害の賠償を得られないことになつて損害を被ることとなつたものである。そうすると、被告大屋は有限会社法三〇条ノ三第一項により、後記損害の賠償責任があるというべきである。

(2) 被告会社が資本金一〇〇万円の零細企業であることは前記のとおりであるところ、その資本金はすべて被告大屋の出捐によるもので社屋及びその敷地も被告大屋が大株主で代表取締役である訴外丸商株式会社の所有であり、また、被告会社の役員以下の人事はすべて被告大屋が決定し、その経営一切が被告大屋の手に掌握されているのが実情である。したがつて、被告会社は形式上は法人ではあるが、その実体は被告大屋の個人事業であり、法人格は全くの形骸にすぎないものであるから、その法人格を否認して、被告会社即被告大屋というべきである。そうすると、被告大屋も被告寺澤の使用者として、民法七一五条一項により本件損害の賠償責任を負うものである。

(3) 仮に右(2)の主張が容れられないとしても被告大屋は、前記(2)のとおり被告会社の事業運営一切を掌握していた者であり、被用者である被告寺澤についても現実に選任、監督を担当していた者であるから民法七一五条二項にいわゆる代理監督者として責任を負うものである。

(四) 被告大森潤一(以下、「被告大森」という。)の責任

被告大森は、昭和五四年八月二九日被告会社の代表取締役に就任した者であるから、被告会社に対し前記2(三)(1)と同様の任務を負つていたところ、その任務を懈怠し、対人賠償保険金額一五〇〇万円の任意保険契約を締結しただけでそれ以上の金額の任意保険に加入しようとしなかつたものであるから、被告大屋の右2(三)(1)と同様の責任を負うべきである。

3  原告修介の損害

(一) 治療経過及び後遺障害

原告修介は、本件事故によつて受けた傷害の治療のため、昭和五八年一〇月一七日から同五九年二月二七日まで(一三四日間)奈良県立医科大学附属病院に入院したが、右傷害は完治せず、第一一胸髄以下の知覚運動神経完全麻痺の後遺障害を残存させたまま昭和五九年二月一四日その症状が固定した。右後遺障害のため、原告修介は排尿・排便も自然に行えず、排尿はタツピング等を施して人為的に括約筋を拡大して行い、排便は人為的に肛門を拡げて便を掻き出す方法で行なつている状態で、生涯付添看護を必要とし、また、車椅子の生活を送るよりほかないものであるから、その後遺障害の程度は、自賠法施行令二条別表に定める第一級三号(「神経系統の機能に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」)に該当するものというべきである。

なお、原告修介は、症状固定後である昭和五九年二月二七日から一年間、大阪府立大手前整肢学園に入園して機能訓練等を受けた。

(二) 入院雑費 一四万七四〇〇円

前記一三四日間の入院期間中に支出した雑費は、一日につき一一〇〇円、合計一四万七四〇〇円である。

(三) 付添看護料 六七万円

右入院期間中、原告修介は付添看護を必要とし、現に父母である原告森本吉彦(以下、「原告吉彦」という。)及び原告森本順子(以下、「原告順子」という。)の付添看護を受けたところ、その付添看護料は、一日当たり五〇〇〇円、合計六七万円である。

(四) 整肢学園負担金 三〇万八四〇〇円

前記整肢学園への入園につき、児童福祉法第五六条一項により奈良県知事に対して月額二万五七〇〇円(合計三〇万八四〇〇円)の負担金を納入した。

(五) 整肢学園送迎交通費 四四万二〇〇〇円

大阪市内にある前記整肢学園に入園していた期間中、原告修介は毎週土曜日の午後に当時奈良県吉野郡吉野町大字平尾にあつた自宅に戻り、月曜日の午前に再び整肢学園へ帰ることを慣例としていたが、その送迎は原告吉彦が自家用車を運転してするのが例であつた。この送迎のために要した交通費は一往復あたり四二五〇円(往復一五〇キロメートルのガソリン代が約二二五〇円、高速道路の使用料が二〇〇〇円)であるから、一年間(一〇四往復)の合計は四四万二〇〇〇円となる。

(六) 将来の逸失利益 三〇四九万八五一六円

原告修介は、本件事故当時五歳(症状固定時は六歳)の健康な男子であつたところ、前記後遺障害のため、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したものであるが、本件事故がなければ、一八歳から就労可能な六七歳までの四九年間、少なくとも昭和五七年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の一八歳ないし一九歳の男子労働者の平均年収額一六五万八七〇〇円に相当する収入を得ることができたはずであるから、その間の収入総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその逸失利益の症状固定時における現価を算出すると、三〇四九万八五一六円となる。

(算式)

1,658,700×18.387=30,498,516(円)

(七) 将来の付添介護料 五三七九万〇〇五〇円

前記後遺障害の内容、程度に照らすと、原告修介は生涯にわたつて日常生活全般につき第三者の介助を必要とするところ、その介助のための費用としては、一日当たり五〇〇〇円が相当であるが、同原告修介の症状固定時(当時六歳)における平均余命は六九年であるから、右介護料総額によりホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して将来の付添介護料の退院時における現価を算出すると、五三七九万〇〇五〇円となる。

(算式)

5,000×365×29.474=53,790,050(円)

(八) 車椅子購入費 一二二万九八〇二円

原告修介が本件後遺障害のため生涯車椅子の生活を余儀なくされるに至つたことは前記のとおりであるところ、日常生活をするには常時二台の車椅子を必要とするのでその購入費は二台分で一六万六九〇〇円となるが、その耐用年数は四年であるから、車椅子購入のための費用としては、一年につき四万一七二五円ということになる。そこで、原告修介の平均余命である六九年間の右費用の総額から、ホフマン式計算法により年5分の割合による中間利息を控除して右車椅子購入費の症状固定時における現価を算出すると、一二二万九八〇二円となる。

(算式)

41,725×29.474=1,229,802(円)

(九) 装具購入費 三四一万〇三一二円

原告修介は、前記後遺障害のため、生涯、頭部保護帽・両短下肢装具・両長下肢装具等の装具を必要とすることとなつたところ、右装具は一セツト当たり二七万五三〇〇円であり、その耐用年数は一一歳までは一年、一二歳から一四歳までは一年六月、一五歳から一七歳までは二年、一八歳以上は三年であるから、六歳から平均余命の七五歳までの間に二九セツトの装具を購入する必要があることになり、その費用の総額は七九八万三七〇〇円、一年当たりの平均額は一一万五七〇五円となる。そこで、右費用の総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して症状固定時における右装具購入費の現価を算出すると、三四一万〇三一二円となる。

(算式)

115,709×29.474=3,410,312(円)

(一〇) 乗用車改造費 四三万七一六七円

原告修介も、将来、身体障害者用自動車の運転免許を受け、自動車を購入した上これを身体障害者用に改造して運転するようになることは確実であるが、一般の自動車を身体障害者用に改造するには、一台当たり一二万三〇〇〇円の費用を要し、かつ、その耐用年数は六年であるから、一八歳から七五歳までの間に原告修介が購入すべき自動車の台数は一〇台、その改造費は合計一二三万円(一年当たり平均二万一五七八円)となる。そこで、右改造費の総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、症状固定時点における改造費の現価を算出すると、四三万七一六七円となる。

(算式)

21,578×20.259=437,167(円)

(一一) 自宅改築費 一三四六万円

原告修介は、前記後遺障害のため重篤な身体障害者となり、車椅子による生活を余儀なくされるようになつたほか、入浴・排便等にも親族等の介助を必要とするようになつたため、原告方の住宅も、そのような生活に便利なように改造するか、もしくは、これを取り毀して新たに身障者の生活に便利な居宅を建築せざるをえないこととなつたところ、右改築に必要な費用は一三四六万円であり、新築に必要な費用はこれを遙かに上回るものであるから、被告としては、少なくとも右改築費用相当の費用を賠償すべきである。

(一二) 慰藉料 二二二〇万円

原告修介が本件事故によつて受けた精神的・肉体的苦痛を慰藉すべき慰藉料の額としては、入院日数、後遺障害の程度その他諸般の事情を考慮して、二二二〇万円とするのが相当である。

(一三) 弁護士費用 一〇〇〇万円

原告修介は本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として一〇〇〇万円を支払うことを約した。

4 損害の填補

原告修介は、自賠責保険から二〇〇〇万円の保険金の支払を受けた。

5 原告吉彦及び原告順子の損害 各五五〇万円

(一) 慰藉料 各五〇〇万円

本件事故によつて受けた原告修介の傷害・後遺障害の程度に照らすと、原告修介の両親である原告吉彦及び原告順子が本件事故によつて被つた精神的苦痛は、原告修介の生命が侵害された場合のそれに匹敵するものであり、右精神的苦痛に対する慰藉料としては、各五〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用 各五〇万円

原告吉彦及び原告順子は本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として各五〇万円を支払うことを約した。

よつて、被告ら各自に対し、原告修介は右3の損害額一億三六五九万三六七四円から4の二〇〇〇万円を控除した残額一億一六五九万三六七四円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五九年九月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告吉彦及び原告順子は右5の損害額各五五〇万円及びこれに対する右同日から支払ずみまで右同率の遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する被告会社、被告寺澤及び同大屋の認否

1  請求原因1の(一)ないし(五)の事実は認めるが、(六)の事実は知らない。

2  同2(一)(1)のうち、被告会社が本件事故当時加害車両を所有していたことは認める。

同2(一)(2)のうち、被告会社が自動車による旅客運送等を業とするものであり、被告寺澤が被告会社にタクシー運転手として雇傭されていた者であること及び本件事故が乗客を乗せて加害車両を運転中の事故であることは認める。

3  同2(二)のうち、被告寺澤が加害車両を運転し、山口バイパスを北東方向、本件交差点の方に向つて進行していたところ、本件交差点の手前約六四・七メートルの地点に差しかかつた際、二名の子供が自転車に乗つて北側道路から本件交差点に進入し、南へ走り抜けようとしているのを認めたことは認めるが、その余は否認する。

被告寺澤は時速五五キロメートルの速さで右バイパスを進行していたものであるが、右二名の子供が北側道路から本件交差点に進入して南へ走り抜けようとしているのを認めるや、やや減速しながらクラクシヨンを三回鳴らして警告するとともに、同人らが道路を渡り切つたのを確認した上、交通量のきわめて少ない北側道路からそれに続いてさらに自転車に乗つた子供が飛び出してくるなど予想もできない情況であつたため、再び加速して本件交差点を通過しようとしたところ、交差点の直前まで進行してきたときに、突然下り勾配の北側道路から原告修介が全速力で自転車を運転して交差点内に進入してきたので、結局、衝突を避けることができず、本件事故の発生をみるに至つたものである。しかも、被告寺澤の乗車位置と前記北側道路との間には背の高い雑草が繁茂していて視界を遮つていたため、その方向を注視していたのにかかわらず、直前まで被告修介の姿を認めることができなかつたものであつて、いずれにせよ本件事故の発生について被告寺澤に過失はないというべきである。

4  同2(三)(1)のうち、被告大屋がその主張のように被告会社の(代表)取締役に就任したこと、本件加害車両につき、対人賠償保険金額一五〇〇万円の任意保険契約を締結したことは認めるが、その余は否認する。被告大屋は被告大森の要請を容れて被告会社の経営一切を同被告に任せていたものであり、任意保険の加入についても、必要な保険金額まで加入しておくよう進言し、被告大森もこれに従う旨返答をしていたので、被告大屋としても、その旨信じていたものである。したがつて、被告大屋にはなんらの任務懈怠もないというべきである。

5  同2(三)(2)のうち被告会社の資本金が一〇〇万円であることは認めるが、その余は否認する。被告大屋が被告会社の経営一切を被告大森に任せていたことは前記のとおりであり、同被告において同会社の経営を取り仕切つていたものであるから、被告会社の法人格が全く形骸で被告会社即被告大屋であつたというようなことはありえない。

同2(三)(3)の事実も否認する。被告大屋が被告寺澤の選任・監督を現実に担当していたようなことはない。

6  同3はいずれも知らない(但し、入院治療の点及び入園の点は認める。)。

同4は認める。

同5(一)(二)も知らない。

三  請求原因に対する被告大森の認否

1  請求原因1の(一)ないし(五)は認めるが(六)は知らない。

2  同2(二)の被告寺澤の過失の前提となる事実は否認する。

3  同2(四)のうち被告大森が昭和五四年八月二十九日被告会社の代表取締役に就任したことは認める。但し、それは単なる名目上のものであつて、事実上会社の業務執行権・経営権は全く与えられず、経営の実権一切は被告大屋が掌握していたものである。被告会社が本件加害車両につき対人賠償保険金額一五〇〇万円の任意保険に加入しただけで、それ以上の金額の保険契約を締結しなかつたことは認めるが、いわゆる任意保険に加入するかどうか、加入するとしていくらの保険金額の保険に加入するのかは、保有者の裁量によつてきめることであるから、被告会社が右程度の保険金額の任意保険にしか加入しなかつたからとて、代表取締役がその任務を懈怠したことになるべき道理がない。

4  同3及び5はいずれも知らない。同4は認める。

四  抗弁

1  免責(被告会社)

本件事故につき加害車両の運転者である被告寺澤になんら過失がなかつたことは前記のとおりであり、これが原告修介の一方的過失により発生したものであることは後記のとおりであるから、その保有者である被告会社にも損害賠償責任はない。

2  過失相殺(被告ら)

原告修介が自転車に乗つて走行してきた本件交差点の北側道路が下り勾配の道路であり、同原告が交差点手前で一旦停止することもなく全速力で右交差点内に突入してきたことは前記のとおりであり、同原告が一旦停止をしておりさえすれば本件のごとき事故が発生することはなかつたのであるから、右事故の発生については原告修介の側にも過失があつたというべきであつて、損害額の算定については被害者側の右過失を斟酌すべきである。

五  抗弁に対する認否

抗弁1及び2は否認する。原告修介は本件事故当時五歳の幼児であつて、注意力も未熟であつたのに対し、被告寺澤はプロのドライバーであつて高度の注意力を要求される運転者であつたのであるから、この両者の相対的関係からみて、原告修介には斟酌に値するほどの過失はなかつたというべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一被告会社及び被告寺澤に対する請求について

一  請求原因1の(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがなく、原告吉彦本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三、第四号証によれば、同(六)の事実を認めることができる。

二  請求原因2(一)(1)のうち、被告会社が本件事故当時加害車両を所有していたこと、同2(二)のうち被告寺澤が加害車両を運転し、山口バイパスを北東方向、本件交差点の方に向かつて進行していたところ、本件交差点の手前約六四・七メートルの地点に差しかかつた際、二名の子供が自転車に乗つて北側道路から本件交差点に進入し、南方向へ走り抜けようとしているのを認めたことは、いずれも当事者間に争いのないところ、成立に争いのない甲第二、第二二号証、原告吉彦及び被告寺澤各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、その時点での加害車両の時速は約五五キロメートルであつたこと、右二名の子供は二台の自転車に分乗し、ほぼ一団となつて交差点内に進入してきたことがそれぞれ認められる。そうすると、このような場合、手前約六四メートルの地点から本件交差点に接近しようとしている車両の運転者としては、右自転車に続いて遊び仲間の子供の乗つた自転車が北側道路から、しかも子供であるだけに手前で一旦停止して左右の安全を確認することもなく本件交差点内に進入してくるかもしれないことは容易に予見しえたものというべきであるから、前方の交差点の北側道路付近を注視するとともに、後続自転車を認めたときは直ちに停止することができるよう適宜減速するなどして本件のごとき衝突事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたものといわなければならない。

しかるに、右証拠によれば、被告寺澤は、先に進路前方に現れた前記二台の自転車が本件交差点内を南側へ走り抜けるのを目で追つていたため同交差点の北側道路付近を注視するのを怠り、また、減速措置をとらなかつたばかりか、すでに二台の自転車が一団となつて通り過ぎた以上、これに後続するような自転車は存在しないものと速断し、却つてアクセルを踏んで加速しようとしたため、交差点の手前一四・六メートルの地点に接近するまで原告修介の姿に気付かず、同地点において始めて同原告を発見してあわてて急制動の措置をとつたが間に合わず、加害車両を原告修介の乗つている自転車に衝突させ、同原告をボンネツトの上に乗せたまま一〇メートル余り前進してようやく停止したことが認められ、被告寺澤本人尋問の結果中右認定に反する部分はにわかに採用することができず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

そうだとすると、本件事故は、被告寺澤が前記注意義務を怠つた過失により発生したものであることが明らかであるといわなければならない。

もつとも、この点につき被告らは、被告寺澤の乗車位置と前記北側道路との間には背の高い雑草が繁茂して視界を遮つていたため、その方向を注視していても直前まで原告修介の姿を認めることができず、結局、衝突を回避することは不可能な現場の状況であつた旨主張し、被告寺澤本人尋問の結果中にこれに沿う供述部分が存在するけれども、前記甲第二号証に照らしてもこの供述部分は措信するに足りず、しかも他に現場の状況が右主張のとおりであつたことを認めるに足る証拠はない。のみならず、右甲第二号証によれば、被告寺澤が前方の北側道路付近を注視しておりさえすれば、本件交差点の手前四〇メートル前後の地点で原告修介の姿を認めることができたはずであり、適宜の減速措置と相俟つて衝突を回避することは十分に可能であつたことが認められるので、被告らの右主張は採用するに由ないといわざるをえない。従つて、被告会社の抗弁1も採用することができない。

そうすると、被告会社は自賠法三条により、被告寺澤は民法七〇九条により、それぞれ本件事故によつて生じた損害を賠償する義務を負うものである。

三1  請求原因3(一)の事実のうち、原告修介が本件事故による傷害の治療のため奈良県立医科大学付属病院に入院したこと、その後、昭和五九年二月二七日から大阪府立大手前整肢学園に入園したことは当事者間に争いのないところ、前記甲第三、四号証及び原告本人尋問の結果によれば、その余の事実を認めることができる(なお、右学園は昭和六〇年三月末日に退院したことが認められる。)。

2  入院雑費 一四万六三〇〇円

前記認定の原告修介の入院期間中、同原告は一日当たり一一〇〇円、合計一四万六三〇〇円の雑費を支出したものと推認することができる。

3  付添看護料 四六万五五〇〇円

原告修介の前記傷害の程度及び同原告の年齢からすれば、右入院期間中付添看護を必要としたものと認められるとともに、原告吉彦本人尋問の結果によれば、現にその両親がこれに付添つたことが認められるところ、右付添看護に必要な費用は、経験則上、一日当たり三五〇〇円(合計四六万五五〇〇円)であつたと推認するのが相当である。

4  整肢学園負担金 三〇万八四〇〇円

成立に争いのない甲第一六号証及び原告吉彦本人尋問の結果によれば、原告修介が整肢学園に入園するにつき、法の定めに従い一月当たり二万五七〇〇円(一年分で三〇万八四〇〇円)の入園負担金を支出したことが認められるところ、同学園への入園が本件事故による後遺障害に対する機能訓練のためであつたことは前認定のとおりであるから、右入園負担金の支出も本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

5  送迎交通費 一五万六〇〇〇円

原告吉彦本人尋問の結果によれば、原告修介が整肢学園に入園していた期間、週末に当時奈良県吉野郡吉野町大字平尾にあつた自宅に帰り、翌月曜日の朝、再び大阪市内の学園に戻つていたこと、その送迎は、原告吉彦が自家用車を運転してするのが例であつたことが認められるところ、右自家用車による往復のためにどの程度の交通費を要したかの点についてはこれを認めるに足りる的確な証拠は見当たらないが、自宅と学園との距離等からみても、少なくとも、一往復当たり幼児の通院付添費(一日当たり一五〇〇円)程度の交通費(一年分で一五万六〇〇〇円)を要したものと推認するのが相当であり、かつ、右交通費もまた本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきである。

6  逸失利益 三二八一万四五六五円

成立に争いのない甲第一号証及び原告吉彦本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告修介は、本件事故当時五歳(症状固定時は六歳)の健康な男子であつたことが認められるので、本件事故がなければ一八歳から稼働可能な六七歳までの四九年間就労して相応の収入を得ることができたものと推認されるところ、前記後遺障害のためその労働能力を一〇〇パーセント喪失するに至つたものと認めるのが相当であるから、その間、少なくとも、昭和五九年賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の一八歳及び一九歳の男子労働者の平均年収額一七八万四七〇〇円に相当する収入を得ることができなくなつたものというべきである。そこで、その間の収入総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、その逸失利益の症状固定時における現価を算出すると、三二八一万四五六五円となる。

(算式)

1,784,700×(27.6017-9.2151)=32,814,565(円)

7  将来の付添看護料 三二〇二万八三一二円

前記認定の修介の後遺障害の内容・程度からすれば、同原告は生涯にわたつて日常生活全般につき第三者の介助を必要とする状態にあることが認められるところ、その介助のための費用は一日当たり三〇〇〇円と認めるのが相当である。しかして、原告修介が前記整肢学園を退園した日の翌日である昭和六〇年四月一日当時の平均余命が六八年であることは公知の事実であるから、右介助料総額よりホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右介助料の右時点における現価を算出すると、三二〇二万八三一二円となる。

(算式)

3,000×365×29.2496=32,028,312(円)

8  車椅子購入費 六一万四九〇七円

原告修介が本件後遺障害のため生涯車椅子を必要とする生活を余儀なくされるに至つたことは前記認定の事実関係から明らかなところ、原告吉彦本人尋問の結果並びにこれにより真正に成立したものと認められる甲第一八号証によれば、車椅子の購入費は一台当たり八万三四五〇円であり、その耐用年数は四年であることが認められる。そうすると、原告修介は、前記症状固定時(六歳)から六九年の間(平均余命)、四年毎に八万三四五〇円宛の車椅子購入費を支出せざるをえないことになる(日常生活をするのに常時二台の車椅子が必要であるとの点については、これを認めるに足りる証拠はない。)。

そこで、毎年八万三四五〇円の四分の一ずつ購入費を支出するものとみなして、右購入費総額から年五分の割合によるホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して車椅子購入費の症状固定時における現価を算出すると、六一万四九〇七円となる。

(算式)

83,450÷4×29.4743=614,907(円)

9  装具購入費 三四一万〇三二三円

原告吉彦本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一九号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、原告修介は前記後遺障害のため、頭部保護帽、両短下肢装具、両長下肢装具等の装具を生涯必要とし、右装具の価格は一セツト当たり二七万五三〇〇円、その耐用年数は六歳から一一歳までは一年、一二歳から一四歳までは一年六月、一五歳から一七歳までは二年、一八歳以上は三年であることが認められる。

そうすると、原告修介は、六歳から平均余命の六九年間に合計二九セツトの装具を購入する必要があることになり、その費用の総額は七九八万三七〇〇円となるが、これを毎年一年当たりの平均額一一万五七〇五円宛支出するものとみなし、右総額からホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して症状固定時における右装具購入費の現価を算出すると三四一万〇三二三円となる。

(算式)

115,705×29.4743=3,410,328(円)

10  乗用車改造費 〇円

原告修介は、同原告が将来、一八歳になつた時点で身体障害者用自動車の運転免許を受け、自動車を購入した上これを身体障害者用に改造して運転するようになることは確実であると主張するけれども、同原告が一〇歳にも満たない現時点において、それが確実であることを肯認するに足る根拠を見出すことは困難であるから、同原告主張の乗用車改造費を損害として認めることはできない。

11  自宅改修費 二〇〇万円

原告修介が前記後遺障害のため重篤な身体障害者となり、車椅子による生活を余儀なくされるようになつたほか、入浴・排便等日常生活全般にわたり親族等の介助を必要とするようになつたことは前記のとおりであり、それに応じて原告方の住居についても、そのような生活に便利なように改造する必要が生じてきたことはこれを推認するに難くないところといわなければならない。

ところで、原告吉彦本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第二〇、第二五号証、第二六ないし第二八号証の各一、二によれば、原告方では昭和五一年に橿原市見瀬町に建坪一八坪程度の居宅を購入していたところ、農業を営む吉野郡吉野町所在の原告吉彦の生家で同原告の父が病に倒れたりしたため、農業の手伝傍ら右生家において生活するようになつたが、原告吉彦の大阪市内への通勤の便や原告修介の大手前整肢学園への送迎の便などを考慮して昭和五九年中に橿原市所在の右居宅へ転宅し、以後同所において居住するようになつたこと、その頃、前記のような改造工事を想定してマスオ商事株式会社住宅事業部にその見積をさせたところ、工事見積金額を一三四六万円とする見積書が提出されてきたが、その後も改造工事には着手しないままで経過したこと、ところがその後昭和六一年になつてから、右居宅が手狭になつてきたこともあつて、原告方では右居宅を取り壊してその跡に新建物を建築することになつたが、その際、請負人である小堀住研株式会社に依頼して標準仕様に一部変更を加え、建物への出入口、便所、浴室等について原告修介のために便利なように工夫した設計をしてもらつたこと、その変更のため、標準仕様の場合と比較して若干工事代金が割高となつたが、新築工事の一部であつたため、前記改造工事見積額ほど割高になつたわけではなかつたことがそれぞれ認められるとともに、その増加額は、正確にこれを明らかにすることはできないものの、その工事内容からみて、二〇〇万円を下るものではなかつたことが推認されるので、その限度で右増加額をもつて本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当というべきである。

12  慰藉料 二〇〇〇万円

前記認定の原告修介の傷害・後遺障害の程度、その他証拠上認められる諸般の事情を考慮すれば、原告修介が本件事故によつて受けた精神的・肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料としては、二〇〇〇万円が相当である。

以上合計九一九四万四三〇七円

四  過失相殺

前記甲第二号証、被告寺澤、原告吉彦各本人尋問の結果によれば、原告修介が自転車に乗つて走行してきた本件交差点の北側道路は幅員四・五メートルの下り勾配の道路であるのに対し、被告寺澤の運転する加害車両が走行してきた山口バイパスの幅員は七・二メートルであつて、北側道路に較べて明らかに広いこと、北側道路から右側(加害車両が走行してきた南西側)の山口バイパスの見通しは、道路ぎわに建つている製材所の建物に遮られてよくなかつたことが認められるのであつて、右認定のような現場の状況からすれば、北側道路から本件交差点に進入しようとする自転車を運転する者としては、交差点の手前で一旦停止し、左右(特に右側)の安全を確認した上で同交差点に進入することにより本件のごとき事故に遭うことを回避するようみずから配慮すべきであつたといわなければならない。しかるに、右証拠によれば、原告修介は、交差点の手前で一時停止することも左右の安全を確認することもなく、かなりのスピードで交差点内に進入してきたものであつて、同原告において一時停止をして右側の安全を確認しておりさえすれば、本件事故に遭うようなこともなかつたことが認められるので、本件事故の発生については、同原告の右のような落度がその一因をなしていることを否定するわけにはいかないのである。

もつとも、本件事故当時原告修介が満五歳の幼児であつたことは前記のとおりであつて、事理を弁識するに足る知能を具えていたかどうかにつき疑問がなくはないけれども、仮りに事理弁識能力を具えていなかつたとしても、幼児である原告修介がそのように危険な仕方で自転車を走らせないよう普段から厳しく監督教育することを怠つた親権者の側に落度があつたものといわざるをえないから(被告らの主張にはこのような被害者側の過失の主張も含まれるものと解するのが相当である)、いずれにせよ、損害額の算定については右の落度を斟酌すべく、諸般の事情を考慮して、原告修介の前記三の2ないし12の損害額からその三割を減額するのが相当である。

五  損害の填補

原告修介が本件事故につき、自賠責保険から二〇〇〇万円の保険金の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

六  原告修介の弁護士費用 四〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告修介が本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として相当額を支払うべきことを約したことが認められるところ、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は四〇〇万円と認めるのが相当である。

七  原告吉彦及び原告順子の損害

本件事故によつて原告修介の受けた傷害及びこれに基づく後遺障害の程度等からすれば、原告吉彦及び原告順子は、原告修介の生命が侵害された場合にも匹敵するような精神的苦痛を受けたものと認められるところ、諸般の事情を勘案すれば、その精神的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は各一〇〇万円とするのが相当である。

また、弁論の全趣旨によれば、原告吉彦、同順子が本訴の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として相当額を支払うことを約したことが認められるところ、本件事案の内容、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌すれば、本件事故と相当因果関係に立つ損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は各一〇万円と認めるのが相当である。

第二被告大屋及び同大森に対する請求について

一  有限会社法三〇条ノ三に基づく責任

同2(三)(1)及び同2(四)の事実のうち、被告大屋及び同大森がそれぞれ原告ら主張の時に被告会社の取締約・代表取締役に就任したこと、被告会社が本件加害車両につき対人賠償保険金額一五〇〇万円の任意保険に加入しただけで、それ以上の金額の保険契約を締結しなかつたことは、いずれも当事者間に争いのないところ、原告らは、右は取締役としての任務を懈怠したものであり、それによつて原告らは損害を被つたと主張し、被告らはこれを争うので、以下、この点について検討する。

被告会社が資本金一〇〇万円の有限会社であることは被告らの明らかに争わないところであるが、そのことからただちに、同会社が所有タクシーの惹き起こした人身事故によつて忽ち重大な経営危機に陥るような経営・資産状態にあることを推認することはできず、他に被告会社がそのような状態の会社であつたことを認めるに足りる証拠は全く見当らない。また、現に被告会社が倒産等により支払不能の状態にあることを認めるべき証拠もない。さらに、被告会社に雇傭されている運転手がしばしば人身事故を起こしていたとか、莫大な額の賠償義務を負担するような事故を起こす顕著な可能性を窺わせるような微候があつたとかの点についても、これを肯認すべき証拠はなんら存在しない。

そうであるとすると、被告会社がいわゆる任意保険契約を締結しなかつたからといつて、直ちに同会社が支払能力を喪失するような状態に立ち到るべきことが予測されるものということはできず、したがつて、取締役がこれを締結しなかつたとしても、それが会社に対する任務を懈怠したことになるものでもないといわなければならない。まして本件の場合、被告会社がともかく加害車両につき対人賠償保険金額一五〇〇万円の任意保険に加入していたことは前記のとおりであるから、それが「悪意または重大な過失」による任意懈怠に当たるものと認めることはとうていできないというべきである。

のみならず、被告会社の資産・経営状態が右のとおりである以上、原告らの本件損害賠償請求権が事実上回収不能であると断定することはできず、その意味において原告らが有限会社法三〇条ノ三第一項にいう「損害」をすでに被つているものと認めることは困難であるから、いずれにせよ、被告大屋及び同大森に右法条に基づく損害賠償責任があるものとすることはできない。

二  民法七一五条に基づく責任

1  請求原因2(三)(2)の事実のうち、被告会社が資本金一〇〇万円の有限会社であることは前記のとおりであるが、その余の事実についてはこれを認めるに足りる証拠がなく、また、その他に被告会社の法人格が全くの形骸にすぎず被告会社即被告大屋という関係にあることを肯認すべき根拠も見出し難いから、被告大屋が民法七一五条一項にいう「使用者」に当たるということはできない。

2  同2(三)(3)の事実を認めるに足りる証拠はなんら存在しないから、被告大屋が民法七一五条二項の「使用者に代わりて事業を監督する者」に該当するということもできない。

第三結論

以上の次第で、原告らの被告らに対する本訴請求は、被告会社及び被告寺澤それぞれに対し、原告修介において損害賠償金四八三六万一〇一四円及びこれに対する本件各不法行為ののちである昭和五九年九月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告吉彦及び原告順子において損害賠償金各一一〇万円及びこれに対する本件不法行為ののちである昭和五九年九月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右被告二名に対するその余の請求及び被告大屋及び被告大森に対する請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道 田邉直樹 眞部直子)

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